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専門家コラム

2023年11月06日

不動産所有法人と家族信託

オーナー稼業の現在地から

理想の資産管理デザインを描く

 

 

オーナー様の年齢や環境に応じて、何を方針とし、どのアクションを採用するのか。

「不動産所有法人の活用」や「借入で新規に建物建築をする」ことの意義を再確認したうえで、「家族信託」という方法も知ることで、資産戦略に新たなアプローチと厚みをもたらします。

監修者

鈴木 敏起

司法書士法人燦リーガル事務所 代表社員

生前対策に必須の「家族信託」「遺言」、高齢者の財産管理戦略を描くために必須となる「成年後見制度」の実務的運用、税務要素の多い「不動産所有法人の活用」など、これら総合的な知見を盛り込んだ研修・セミナーが、専門家・一般の方を問わず好評を博している。
オーナー様との面談において、進むべき方向を確認するカウンセリングを行い、最適な方針立案とアクション設定をし、伴走しながら実践する業務を得意としている。
HP:https://www.sanlegal.jp/ TEL:042-519-7338

オーナー稼業の現在地を把握  方針立案、アクションの決定

皆さんは相続対策を何のために行なっていますか?

 

「節税のため」と答えた方は、目的と戦略を混同しています。オーナー様の相続対策の目的は、オーナー稼業の継続にあたり、資産の有効活用をはかりながら、賢く次世代に資産承継することにあります。

 

この目的のために、所得税対策や相続税対策などの税務対策があり、これは目的ではなく戦略(方針)です。適切な税務対策をするという方針は、【所得の分散】【課税財産の評価減】として具体化されます。

 

そして、これら方針に沿い、「不動産所有法人の活用」や「借入金による建物建築」という戦術(アクション)を選択します。

アクションはあくまで、方針に沿い行うものです。オーナー様の環境(年齢・家族構成・当主の資産額・賃貸事業の収支・既存不動産の競争力・借入金額など)により方針は変わり、アクションも変わります。

 

まずは、皆さんの環境を整理したうえでオーナー稼業の現在地を把握し、方針を立て、アクションを決定する、このような思考の仕方が必要です。相談する相手の選定にも、この視点は重要ですので、方針からしっかり話せる相手を選びましょう。

 

本記事では、定番の方針についての解説を行い、新たな方針の候補として【認知症による資産凍結への備え】【ノウハウの承継】を加える提言をし、これに有効な「家族信託」というアクションについての解説をいたします。

 

◆モデルケース:A家  当主が比較的若く、収益不動産を複数所有している

A家の家族構成は、当主65歳、妻63歳、長男37歳です。

アパートを3棟所有しており、そのうち1棟はローンの返済が完了しています。

当主の課税所得は2800万円あり、課税所得1800万円を超える部分には所得税・住民税合わせて約50%もの税金がかかっています。

 

そこで、ローンの返済が終わっているアパートを、A家の中で株主と役員を構成する法人に売却することにします。

アパート1棟を法人に付け替えると、当主の課税所得が下がります。法人税実効税率は最高でも約34%ですから、A家全体の税負担率が下がります。

【所得を分散することで税負担率を下げる】という方針を掲げ、アクションとして「不動産所有法人を活用」するわけです。

 

また、A家の場合、当主が比較的若いことから、個人と法人間の【所得の分散】のみならず、当主と次世代間の【所得の分散】に取り組むことも非常に効果があります。アクションとしては、法人の役員構成を次世代(相続人)とし、法人が受領した家賃を役員報酬として次世代の収入とします。納税資金の確保、という副次的な効果をもたらせます。

 

◆モデルケース:B家  当主が比較的高齢で、未活用の土地がある

B家の家族構成は、当主80歳、妻77歳、長男50歳です。

土地を広く所有しており、相続税の負担が気になり始めていました。相続税の支払のために土地を売却せざるをえないとなると、次世代への賢い資産承継とは言えません。

アクションとして、当主個人が金融機関から借入をして収益不動産を建築することが相続税対策として有効と聞いたことはあるのですが、それはB家の方針として適しているのか、よく考えてみたいと思いました。

 

当主の相続に際し、金融機関からの借入(債務)があると、課税財産を減らす(控除)効果として作用します。ただし、借入をするだけで効果が出るわけではありません。借り入れた金銭(たとえば2億円)が使われずに残っていれば、現金がプラス2億円、債務がマイナス2億円、差し引きゼロで当主の課税財産に増減はありません。

 

ポイントは、借り入れた2億円を使って建物を建築することで、課税財産の評価額が下がる点にあります。たとえば、2億円の建築費をかけて建てた建物は、建築した瞬間に相続税法上の評価としては9800万円になります。また、当主の土地上に収益不動産を建築することで、土地の評価も「貸家建付地」評価となり、自用地より評価が下がります。

 

借入した現金が建物に換わることで評価が下がり、収益不動産の底地となることで土地の評価が下がる、この【課税財産の評価減】が、「借入により新規に収益不動産を建築する」アクションの効果の正体と言えます。

 

なお、現預金が潤沢にあるオーナー様が、現預金を使って収益不動産を建築しても、同等の効果が期待できます。金融機関からの借入は、「新規に収益不動産を建築する」アクションを実践するための「道具」と言えるでしょう。現預金が潤沢にないオーナー様でも、「道具」を手に入れることで、【課税財産の評価減】という方針に沿ったアクションが取れる、ということです。

 

当主の年齢に応じた戦略

B家の当主は80歳でした。当主の年齢が比較的高い場合、当主の認知能力の低下リスクへの対応も、重要な資産戦略となります。

 

たとえば建物を新規に建築する場合、建築計画から竣工まで一般的に2年ほどかかります。計画当初は元気でも、竣工時に認知能力の低下が進み、完成時における融資の一本化と抵当権設定に支障が出るケースがあります。

 

一方、既存の収益不動産であっても、競争力が無くなり修繕費もばかにならず負の資産になっているものは、今後、他の収益不動産への組み換えも視野に入れる必要があります。当主の認知能力が低下していると、既存物件の売却と新規物件の購入が難しくなります。

 

また、組み換えにあたっては、これからのオーナー稼業を背負う次世代に中心となって取り組んでもらうのもいいでしょう。賃貸業のノウハウを承継していくよい機会です。

【認知症による資産凍結への備え】や【ノウハウの承継】を方針として掲げるときに検討したいアクションが、「家族信託」です。

(図1参照)

 

家族信託の基本的な仕組み

「家族信託」を利用すると、当主のもつ収益不動産に対する管理・処分権を、たとえば長男に与え、当主は利益を受けるのみの立場とすることができます。

 

専門的に説明すると、委託者(当主)が収益不動産を受託者(長男)に信託譲渡し、財産の管理・運用・処分は受託者に一任し、自身は受益者として、受託者より受益の給付を受けることになります。

(図2参照)

 

管理・処分権を長男など次世代に移転することで、当主の認知症リスクが無くなります。当主の利益を受ける主体としての立場は残るので、所得は当主に紐づいたままです。

税務的な意味での財産権の移転は無いため、信託譲渡により収益不動産の名義変更をしても、贈与税の課税はありません。

 

新規建築と家族信託

新規に収益不動産を建築する際に、「家族信託」の仕組みを取り入れると、借入や抵当権設定の当事者は次世代としながら、税務の紐づきは当主とすることで、その借入について、当主の相続時に債務控除の効果を受けることができます。

(図3参照)

 

これは、普通の感覚だとありえないことであるとお気づきでしょうか。

本来、当主が借りて当主の債務になるから、相続時に債務控除がとれます。逆に、次世代が借入当事者になれば、それは次世代の債務ですから、当主の相続時の債務控除として計上することはできません。

家族信託の中で受託者(次世代)が権限に基づきした借入は、専門的には「信託財産責任負担債務」と言い、受益者(当主)に紐づく債務として、相続税の債務控除として取り扱えるとされています。(相続税法第9条の2、相続税法第13条)

 

不動産所有法人方式を採用できない場合の次善策

たとえば当主が75歳で、建築費のローンが1億円残っているとします。

【所得の分散】を重視するオーナー様が、当主個人の収益不動産を不動産所有法人に売却したいと思っても、ローンがたくさんあるときはお勧めしません。

 

まず、建築費を融資した金融機関は、当該物件の収益力に着目して融資しているので、当該物件の家賃収入を得られなくなる当主には、ローンは全額返済するようアナウンスします。法人による収益不動産の買取価格は、通常は当該物件の固定資産評価額程度で十分ですが(木造で数百万円、RC造で数千万円)、当主のローンの完済も考慮すると、買取価格をかなり高額に設定する必要があります。(本ケースでは1億円以上)

 

収益不動産の購入にあたっては、法人は金融機関から借入を起こしますが、融資額が大きくなり、返済と利息負担が重くなります。「不動産所有法人の活用」の肝は、買取価格の設定にあります。【所得の分散】を方針とするとき、買取価格は可能な限り安く設定し、法人の黒字を最大化する必要があります。したがって、当主のローンの返済分まで加味した価格での売買は、方針に沿いません。

 

そこで、「家族信託」です。

不動産所有法人方式が難しければ、本ケースでは当主が75歳ですから、認知症への備えをしながら、次世代にオーナー稼業を思い切って任せ、資産の組み換え等に挑戦させてみるのも、【ノウハウの承継】という側面で重要な相続対策と言えます。「家族信託」なら、資産の管理・処分権を受託者(次世代)に移し、収益不動産の売却と新規購入を任せることができます。

 

この際、所得の紐づきは受益者(当主)に残るため当主のローンを完済する必要もありません。ただし、収益不動産を受託者に名義変更するにあたっては、受託者への債務引受手続を要するため、金融機関の協力が必要です。

 

家族信託に必須の信託口口座と受託者への貸付

収益不動産に「家族信託」を設定する場合、家賃や売却代金を管理するための「信託口口座」を開設するのが通常です。

信託口口座とは、信託に関する特有のルールを盛り込んだ事務取扱規程が整備されている預金口座のことで、どの金融機関でも開設できるわけではありません。対応しているのは、全国の金融機関の中で1~2割と言われています。そして、本記事で説明した受託者への貸付を可能とする金融機関はさらに絞られます。

 

また、「信託口口座」を開設するにあたっては、多くの金融機関で専門家の関与を必須としています。専門家の関与により作成された信託契約書のドラフト(原案)を提出し、金融機関側で審査をし、口座開設の受入の可否を判断します。受託者への貸付の場合、審査基準はさらに厳しくなります。まずは、金融機関ときちんと渡り合える専門家を見つける必要があります。

 

オーナー様は経営者です。目的、戦略(方針)、戦術(アクション)を明確にして、オーナー稼業の現在地から理想の資産管理デザインを描き、歩んでいく必要があります。本記事を参考に、豊かな未来を築いてください。

 

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